第1回 立待岬
函館への想い 加藤進
1997年、ちょうど10年前に函館に来た。父方の祖父は函館の市場で商売をしていたし、父も西高から教育大函館校という経歴を持つので、函館とは縁があったのだ。函館に住み続けるきっかけは妻がくれた。函館の街が気に入ったというのだ。私は商売することを決意していたので、ま、30万都市は悪くないなと思って函館永住に同意した。事業名も函館永住の決意を冠にし「函館まねきネット」とした。
大学を卒業するときにはすでにバブルははじけていたし、人口減少やシャッターの下りる表通りのお店を見ても「自然の流れ」と割り切っていた。しかし、さびれていく函館の中で残念に思うのはギャンブルの空気である。過去、栄華を誇ったサイカデパート、西武デパート、それぞれパチンコ店となった。デパート跡に限らず、つぎつぎ新店オープンの様相である。函館市においては競輪である。子ども向けのアトラクションを組むなど、「家族そろって」という宣伝スタイルに唖然とする。私は3人の子どもの父親だが、ギャンブルには触れさせたくない。
私は函館の地形が好きだ。函館山、両側に広がる海、どんなにお金をかけても人間業でこの地形は作れまい。私は函館の人の純朴な心意気が好きだ。個人事業時代、お客様のところに訪問すると、お金以外に野菜や魚や昆布、缶コーヒーやお菓子など・・・手ぶらで返してくれないところがある。気前がいい。若い人たちの「函館に住み続けたい」という気持ちが好きだ。田舎ほど東京に出たがる。でも、道南の若者は道南を愛している。
先日、ハローワークでお話を伺う機会があった。渡島檜山管内で3月に就職できた高卒者が917名、そのうち管内に就職できたのは44%の407名だったそうだ。雇用の受け皿をもっともっと増やさないと、こんなにいい街でありながら、未来を担う青年がいなくなる。雇用をすすめるのは会社の経営者だ。私もその一人として、もっともっと努力したい。(本文797文字)
(有限会社みのり 代表取締役)