喜納昌吉
喜納昌吉アンドチャンプルーズ。私が琉球大学の学生だった時、彼はただのミュージシャンだった。正確には少し「神様の入った」ミュージシャンだった。当時の彼の名言は、
「天と地の交わるところ、それが祭りである」
「全ての武器を楽器に」
であった。不思議なおじさんだったけど、かっこよかった。
彼は忘れているだろうが、私の事を「加藤君」って名前で呼んでくれていた。なつかしいなぁ。
その後、彼は民主党で国会議員になり、数々の爆弾発言をやってきたが、このたび、彼が民主党の沖縄のTOPであることを知った。その彼の発言がまた爆弾である。
「公約を守れないものがどうして存在できるのか。そういう内閣は代わった方が、民主党の未来にとっていい」
喜納昌吉は民主党である前に沖縄県民を代表している。
喜納昌吉、ちばれよー。(沖縄方言:がんばれよ の意)
キムチ
手作りキムチをいただいた。
うまそ!
大好物だ。
朝マック
今朝、朝マックしてみた。
あんなにおいしくないって知らなかった。
きっともう食べないと思う。
コーヒーだけにする。
サヨナライツカ
昨夜、レイトショーで映画『サヨナライツカ』見てきた。
激しい映画だった。ですので、感想は書けません。
次は『おとうと』を見に行くぞ。
大きくなったら何になるの? 解説編
面白い話って、解説をしだすとつまらなくなりますが・・・。
つまらないついでに論文書きます。
「大きくなったら何になるの?」に対して、子ども達は通常、たくさんの「なりたいもの」を持っているものです。
<一般の部>
お父さん、お母さん、●●レンジャー、保母さん、パン屋さん、学校の先生、プリキュア、おにゃんこクラブ(古い!)
<特殊編>
ぞう、ねずみ、犬、ねこ、ケーキ、・・・つまり、どんなに大きくなってもなれない・・・自分の好きなものを言う。
そして、通常は話せるようになった3歳くらいから小学校2年生くらいまではなりたいものがいくつもあったりして、聞くと大抵はスラスラと喜んで答えてくれるものです。3歳から小学2年生の子どもが親戚にでもいたら、是非質問してあげてください。きっと喜んで答えてくれます。
小学校高学年から中学生になると現実的になっていきます。学校の先生とか、バレリーナとか、芸能人とか、明確な職業で回答されます。
高校になると抽象的になります。公務員系とか、医療系とか介護系など、とにかく「系」をつけて、方向性だけでも明らかにしようとします。
大学生になると、「自分がいったい何に向いているのかわからない・・・」などと言い出します。「大学には自分探しに来ました」なんていう挨拶をします。4年間、自分を探しっぱなしの学生がいっぱいです。教員免許をとらなくていい教育大学なんかはその典型ですね。本人は本当にもがき苦しんでますよ。私は寄り添って一緒に悩んであげますけどね。大谷短大はわりと卒業後の職業が見えていたりして、目をキラキラさせてますけどね。
そして就職活動・・・、就職は世間的には最終学年の5月までに決めるものです。そこで決まらない人たちがどうすると思いますか?。就職できないから大学院に行くとか、新卒のほうが有利だからと言って、わざと単位を落として留年したりします。
大学生は16年も学んでいながら結構アホだったりします。それを許す親もかなりアホだと思いますけどね。
人間は夢を持って、夢があるから生きていけるんだよね。若いころはたくさんの夢をもっていて・・・それが、社会に出ることが現実味を帯びてくるにしたがって、夢を失っていく。悲しい社会だな。
さて、話を戻します。
「まだ決まってない」っていうのは大学生の回答なんです。
自分探しをしている大学生の。
これを4歳の我が子が・・・っていうのが面白いのです。
あーあ、解説すると本当に面白くないね。(笑)
ちなみに浜中町にすむ私の母は、印刷して何度も笑ったそうです。